未題

短編より短い短編小説

「二重人格」

 わたしのなかに生まれつつあるもうひとりの人格が、強烈な存在感をもって現実を後押ししてくれる。彼女は理想だ。もちろん聖人ではないけれど、切り離された姿にはひととしての強さとやさしさが詰まっている。
 わたしがどんなに嘆こうと、彼女はぐいとわたしの手をとり、明るい世界に引っ張っていく。その状態において彼女は躊躇わない。そしてだれよりも人間を信じている。

 「こわいの、どうしても。失敗しやしないかな。」
 「だいじょうぶ、わたしはあなたじゃない。そしてわたしは現実じゃない。ちょっぴり稀有な存在ではあるけれど。」

 わたしが悲哀なら、彼女はその対極を背負う。人間が生きるうえで取りこぼしてきたあらゆるものを引き受け、矢面に立つ。けれど彼女は躊躇わない。彼女は彼女の意思で舞台に立っている。
 最悪のケースを想定して臆病になることもなければ、予測に反しその手をはねのけられたところで憤りもしない。なぜなら他者の願いを叶えるため彼女ははじめて手をのばすのであり、その存在意義をもって彼女は彼女たりえるからだ。

 堂々としたうしろ姿をみて、わたしは安心する。彼女になら託せるかもしれない。或いは、降り積もるあらゆる無念を立ち上げて、もう一度形にしてくれるかもしれない。

 「わたしはどんより淀んでる。けれどあなたは澄んでいる。幼いころ打ち払われ消えてしまった清々しさをおもい起こさせてくれる。」

 買い被りすぎだよ、彼女は笑った。けれど、とわたしは言う。

 「そのつもりです、よろしくお願いします。」
 「こちらこそ、これからよろしくね。きっと長い付き合いになるよ。」

 好意を無下にされたと嘆く必要はない。要らない意思を示す者へはじめから手渡す必要もない。或いはきっかけを自らつくるとして、拒まれたらそっと引けばいい。あくまでそれは提示であり、掴むか否か、意思は本人にある。
 踏み間違えて愛を嘆いてはならない。誤解されて憎しみを生んではならない。中庸をいつでもさぐりながら圧倒的奇跡を現実に脈々と存続させる、それこそ彼女の願いであり、生き甲斐だ。

 「ねえ、これってなんだか変な感じじゃない?」
 わたしは言った。

 「だいぶね。けれどわたしたちが現実を生き抜くに、現実を超えた狂気をあたかも現実に置き換えるしか方法はないわよ。」
 なるほど、とわたしは言った。彼女はやはり、すくりとそこに立っていた。