未題

短編より短い短編小説

無自覚の背信

 絶句した。今朝の一発は相当響いた。あんまりびっくりしたので、びっくりしたことがわからないよう、感情が一気に反作用を起こしたくらいだ。

 まだ信じていなくてよかった。傷が浅くてよかった。穏やかな未来を描いていなくてよかった。こころを許していなくてよかった。突き詰めると自己と他者はマーブルに混ざっていく。その境界を踏み間違えたとき、一気にくだる鉄槌を、その威力を、わたしはよく知っている。

 いちばん哀しいのは本人に自覚のないことだ。彼はとても素直だから。

 「もし彼女が浮気したとして、ぼくが怨むのは彼女じゃない。浮気相手だよ。」

 だれも幸せにならない見解をきいて、わたしは力なく眉をさげた。ごめんなさい、と言う。

 「どうして。」
 「もし彼女が浮気したとして、彼女自身を怨まないのは、彼女のことを好いていない証拠だよ。」
 「どうして。」
 「結婚は、ふたりの問題だよ。横入りしてくる男は、関係ないよ。」

 もしかすると彼は、怒りの矛先を彼女に向けないことをやさしさと勘違いしているのかな。

 「あなたは彼女のことをよっぽど好いているんだね。」
 「そんなことないよ。もう別れたんだ。」
 「ううん、それは問題じゃないよ。」
 「どうして。」
 「まだ彼女がこの世に存在しているもの。」

 わたしは知らなかった、おもった以上に愛は先着順なのかもしれない。だとしたら、これから育むことなんてできるのだろうか。だれかに自分の人生の半分を託しながら、そして託してもらいながら、信頼を積みあげることなんてできるのだろうか。

 「わたしは、こわいな。」
 「ひとりはさびしくないの?」
 「さびしいよ。けれど、踏み入って傷つくくらいなら、曖昧なやさしみに浸っているのも、ひとつの選択かもしれない。」
 「さびしいね。」
 「そのために社会のシステムを利用するの。」

 踏み入れすぎず、かといって踏み入られすぎず、みえない壁をとおしてみる世界。

 「仕事っておもったより奥が深いんだなあ。」
 彼は感慨深げに呟いた。

 「ちょっと。わたしへの告白はどうなったの。」
 「そうだね、ぼくも一旦は持ち帰って、よくよく考えてみることにするよ。」
 「よろしく。3日でおわるのはもうたくさん。」
 「ロミオとジュリエットにならないよう気をつけよう。」

 ふたりで笑い合いたい、昼下がり。