未題

短編より短い短編小説

信じる意思

 「わたしのアイデンティティはがんばることだけ、だから、がんばれなくなったらもう用済みなの。」

 電話口で、彼女は黙っていた。これまでため込んだ苦しみがおもわず涙としてこぼれる。

 「ずっとずっとがんばっているつもりだった、けれど、甘えだと言われてきた。かといって死ぬことさえできない甘えを抱えたまま、わたしはまだ息をしている。」

 しななくていいのよ、彼女は言った。

 「結局のところ、わたしはいつ首を切られたっておかしくない。」
 「信じられないの。」
 「信じてはいけないの。期待してはいけないの。」
 「だれにも?」
 「そう、だれにも。」

 大海原にどんなタイミングで放り出されようと、溺れながらも息を紡がなければならない。

 「ひとつのことに集中しすぎてはだめよ。」
 「わかってる、信じすぎるのは甘えでもあるから。」
 「たまには気を抜いてたのしんでもいいのよ。」
 「たのしむのはこわいよ。さっきまで笑顔だったとして、つぎの瞬間には殺されるかもしれないんだよ。」

 どんな愛の台詞も信じられないよ。口に出されたつぎの瞬間、その愛は消えてしまうんだよ。自ずと湧きあがる現実を信じ待ったとして、途絶えたらそこでおしまい。さようなら。

 「仕方ないよね。ひとは自分に嘘をつくことができない。」

 わたしは自らの信じたひとたちが背を向け去っていく姿を想像した。信じれば信じるほど涙があふれてくる。奇跡のように湧きあがるこの原動力が尽きれば、いまの関係はおわる。積みあげるのは時間がかかるのに、崩れ去るのはほんの一瞬。

 「だって感じるもの。疑惑を。かけられたら冷めるの。こわいだけ。」
 「気にしすぎだよ。」
 「わたしだってだらだらしたいよ。無意味な会話をたのしみたいよ。きみは生きているだけでいいんだって、言ってほしいよ。」

 ぼろぼろのこころを抱えきれずひたすら羽を休めているとき、わたしのことを信じてくれるひとはだれもいなかった。

 「きみは社会のお荷物だ、そんな人間を信じることはできない。」

 そうなの、社会のお荷物なの。だからせめて、お荷物はお荷物らしく生きようよ。それでもいまはお荷物になるのがこわい。お荷物になりたくない。

 一生、この葛藤と闘っていく。

 「信じたい。たとえ望む結果が得られなかったとしても、信じた自分を信じるとおもって、この恐怖に打ち勝ちたい。」

 すこしだけ成長したね、彼女は笑った。