未題

短編より短い短編小説

分岐あり

 「ほんとうに迷惑してるの。彼ってばちょっとワケありらしいんだけれど、だからって夜中に毎日電話がかかってくるのよ。よう、元気か。いまなにしてるって。妙にテンション高くって。そんなのくりかえされたらたまったもんじゃないわ。」

 そうなんだ、同調しながらわたしは、名前も知らない彼の身を案じている。生きるため必死に訴えるSOSも、彼女にとってはただの迷惑行為におわる。だからといって、わたしがその彼を助けられるわけじゃない。せいぜいこころのなかで哀しみがいっぱいになる、そのくらいの自己満足でおわってしまう。

 必ず助けられると信じ海のなか飛び込んでさえも、本人にその意思がなければひとは溺れてしまうものだ。

 それでも、かかわったからにはできる限り力になりたい、できる限りひとを信じたい。歪んでいて、依存していて、決してきれいではない正義を、理性で整えまあるくしてからなんとか実行に移したい。その強さが足りないからねむれないのだ。つぎつぎ浮かぶ大切なひとをおもいながら、何度も何度も物語が流れる。凌ぐように息をする。もっともっと強くなりたい。やさしくありたい。

 彼のことを思い出した。

 「それでぼくは、彼女の家に毎日毎日通い詰めては、ただひたすら彼女のとなりで横になり、そっと息をしていたんだ。一日中ね。もちろん動いちゃいけないよ。彼女が酷く心配するから。」

 彼のいちねんは、彼女のそのただただ空虚なさびしさを埋めるためだけに消費された。

 「どうしてそこまでしたの、辛くはなかったの。」
 「だってすきだったから!」

 間髪入れず発した彼の切ないほどのおもいを、わたしはこころで受けとめ泣いた。

 「そのあとはどうなったの。」
 「振られたよ。いつの間にかほかの男をつくっていた。」

 彼女の弱さと身勝手さと、それでも人間らしい愚直さと。

 「その男と結婚したの。」
 「いや、その男は死んだよ。バスタブで首を吊ってね。」

 これが現実なんだ、おもう。惑うことなき現実なんだ。わたしがこれまでみてきた世界は、うまく理想を重ね合わせた奇跡のような産物だった。ひとたび足を踏み間違えれば、あらゆる残酷なルートが用意されていることを無垢な人間は知らなさすぎる。

 「だからこそ、ひととして正しくありたい。」

 わたしは過去に犯した自身の愚直な行為をおもい返しながら、それでも未来を見据えて強く強く生きていきたいとおもった。

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