未題

短編より短い短編小説

みかわし

 にたりと弧を描く目尻にぞくりと悪寒が走る。そんな目でみてくれるな、おもう。好色はきらいだ。覗き込むよう顔を近づけられる刹那、その男の所有欲を垣間みる。わたしは所有物ではない。マスコットでもない。ひとりの人間だ。

 「どちらかを選ぶといい。ここでその先の世界を見届けるか否かだ。」

 わたしは首を傾げる。その気がまったくない。断ると、真理とはそういうものだ、男は語る。それは完全なるそちらの都合だ、解釈だ。たとえその発言自体が是としても、選ぶ権利はこちらにだってある。

 そういう物事が言語化される前にけしかける男はほんとうに質ががわるいとわたしはおもう。それまでいかなる思想の歩幅を合わせても、わたしはその一瞬で一気にずざざと後ずさり、そののちの会話がまったく成立しなくなった。
 それでもこの感覚がおかしいのかもしれない、おもい、幾度か対面してみたもののますます頑なになるばかりで、わたしにとりその価値観はよほど汚れてみえるらしい。或いはその男に拠りどころがなければべつのはなしだが、明らかに守るべき者がある立場なのに、開き直り二番になれと踏ん反りかえるのはどう考えてもおかしい。

 その手の不平はあまり感じたことはないとおもっていたが、いま考えれば触れるたび、反射的に避けてきただけかもしれない。わたしはそのたび男から滲み出る独特の臭いにうんざりしている。
 殺されないとおもっている、支配できるとおもっている。ふざけるな、いつだって殺してやる。刺し違えてでも斬りつけてやる。

 ここまで危険な思想がねむっていることにかんして、彼女はすこしびっくりしていた。彼女にとりこれまでの選択は怒涛のように過ぎ去り、なにやら大きなものに身を任せるよう流れ着いたとおもっていた。流されたことについて彼女はもちろんなにひとつ後悔はしていなかったが、或いは抗えない重力に圧しつけられる感覚には嫌悪を常に感じていた。

 ひるまのあの笑みを思い出し、苦い顔をする。

 けれど、と彼女は同時におもった。あの場で踏み入れられる点一秒前、殺気を放つことさえできれば事態は回避できたはずだ。或いは、第四の壁が圧倒的に足りない。

 彼女はまた彼のことを思い出した。いつでも保持しているあの壁を破るのはこちらの役割であり、向こう側ではない。その意識に欠落がありすぎる。彼女はいま一度自身のぬるさを痛感した。そして、よりいっそうの決意を深くした。