未題

短編より短い短編小説

なけなしの。

 ねえ、そんなにがんばらなくっていいんだよ。君はいま、くたくたになって動かない身体を無理やり奮起させようと躍起になっているだけなんだ。現にそうだろう、帰って口のなかいっぱいに詰め込んだどうでもいいあれこれを吐き戻して、エンジンさえ積むことを拒んだ肉体に鞭打って、それでもまだなにか爪痕を残そうともがいている。
 もちろん、ギリギリのところまで突き詰め踏ん張るのは大切さ、けれど君の場合、明らかに肉体が拒絶しているのにどうしてそこまでやってしまうんだ。

 もうひとりの自分が勝手に行動しはじめる。或いは死線で見守るわたしの精神などお構いなく、彼女は大学の構内を暴れまわった。突然むくり、起き上がると「わかった!」と声高らかに叫び、或いはあらゆる教室に全速力で突進していく。いったい彼女がなんのために大学中をうろついているのかわたしにはよくわからない。
 おそらくは彼の、ウイスキーが原因だったとおもう。これ以上は無理、と遮るわたしの手を振りほどいて彼はボトルごとそれをわたしの口のなか押し流した。きーんと頭が響く。彼にはやさしみがない。わたしが死んでもどうでもいいとおもっている。彼はわたしのほんとうの姿がみたい。獣のわたしがみたい。本能を剝き出しにした狂気をその目に焼きつけたい。

 わずかに残る理性がときどき過ぎると、とんでもない自らの像が映る。とてもじゃないけれど人間とはおもえない。

 彼女は結局のところ彼を呑み込んでしまったし、彼自身も無抵抗という名の抵抗をもって棋士の役割を終えた。それでもわたしたちの間にはなんにも残らない。残ったのは、ふらふらになったわたしが車椅子で病院に運ばれていくだけ。それさえ、彼にとってはどうでもいいことなのだ。一瞬の煌めきを垣間みたあとのことは知らない。使い捨てられた自分自身に彼女は気づかない。

 哀しい哀しい物語。

 ラーメンをたべると無性に涙が出る、と言った彼のさびしさにわたしは共感したかった。彼はもうとっくにとなりにはいないのに、その共感だけ残してわたしはいま、ラーメンをすすりながら泣いている。彼にとり闇よりさらに深い孤独を共有するためとったあらゆる代償は、もう何年もわたしのなかにとどまり、反して彼はべつの世界で暮らしている。

 わたしは聖人にはなれない。自らのすべてを懸け打ち砕かれた無垢なこころは一生元には戻らない。哀しいとか、辛いとか、そんなことより、自身のなかに溢れる疑念に自分自身が弱っていく。それでも生きる、生きるのは、信じたいからだ。まだ終わってない。信じたいんだ。

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