未題

短編より短い短編小説

余剰の心配

 朝の3時に大福をたべる。4時にパイの実をたべる。5時にバウムクーヘンをたべる。現実が夢みたいで、信じられなくって、全然ねむれない。いっそのこと起きてしまえ、きょうだけは乗り切って、あすは存分に寝てしまえ。
 人並みに馴染む感覚があまりにひさしぶりすぎて、自分の発する声のタイミングを逃してばかりいる。交わされる何気ない冗談の輪のなかにはやっぱり入れないけれど、ただ空間にある、だれかに気にかけてもらっている、そんなことに喜んでばかりいる。
 さびしかったんだなあ、とおもう。ほんとうにさびしいひとは、さびしくないと思い込むためさびしさを忘れてしまう。ひとりがすきだと言う。けれど本質的に人間はひとりがすきなわけじゃない。できるならだれかとそっと寄り添っていたい。

 あのひとはどうだろう、とまだ薄暗い部屋のなかでわたしはおもった。いったい彼はどんなさびしさを抱えているんだろう。考えたところで、お門違いな見当をつけているかもしれないとおもいながら、どうしてもあの目のことを思い出してはずっと考え込んでいる。あまりに奇妙だ。或いは、もしかすると彼は彼自身を完全に切り分け演じているのかもしれない。
 もし彼の普段の姿を目の当たりにしたとして、その瞬間目が合えば謎はひとつ解ける。問題は目が合わなかった場合、さらに踏み込んで質問する必要があるということだろう。そして、その際にはよくよく注意して守備範囲を見定めなければならない。そうこころに決めている。なにをもって、なにを守っているのか、できる限り丁寧に伺いたい。

 ただの一方通行だなあ、とわたしは天井を仰いだ。妄想で多分に補足しているかもしれない。肩を落とす。単に彼は、こころに決めているだけかもしれない。だとしたらこの想像は杞憂でしかない。或いはこうして探られること自体に抵抗を感じるかもしれない。
 現状は完全にただのファンだな、とわたしはおもった。ああでもないこうでもないと考え、自らの好奇心を押しつけようとしている。これじゃあ憧れと変わらない。理解者のスタンスを取る加害者にさえなり得る。わたしはふとひとりの女性を思い出しうーん、と唸った。その“気”があるかもしれない。

 求められなければなにをも差し出すことはできない。或いは差し出したとしてお節介にしかならない。だとすれば自身の興味はひとまず脇に置いておいて、かけられた声のほうへすすんでいくしかない。ふう、ひと息を吐くとわたしはレンジを開けた。ブロッコリーが腐っていた。

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