未題

短編より短い短編小説

バトンパス

 ハッと目覚め時計を確認すると朝の6時半だった。ぐったりする身体の重みを感じつつ、ろくでもない休日だったとおもう。この3日間わたしがやったことといえばひたすら嫌悪に陥るばかりで、非生産的自傷を行い恍惚にさえ浸った気がする。
 休むことが昔から苦手だ。常にすすんでいなくちゃいけない、その意識からONもOFFも切り替えず延々エンジンをふかしつづけ、突然クラッシュする。

 「休むときは休めよ。」

 休み方がわからない。

 「良い休日を。」

 休日ってなんだろうか。

 「俺は休みなんか要らない。毎日毎日働きたいくらいだよ。」

 漫画家の彼は穏やかな笑みを携え言った。それでも、とわたしは言う。

 「ふつうになりたいんです。みんなとおんなじ歩調ですすみたい。」

 おもわず切羽詰まった口調で走ると、彼はふつうじゃなくっていいのに、と言う。

 「君のそれは宝物だろう?君自身はその才能に酷く怯えているようだけれど、こんなところでバイトなんかするより、その才をはやく伸ばしたほうがいい。」

 わたしは、納得できなかった。

 「こんな才能要らない。みんなに迷惑ばかりかける。そしてもう、あんな恐ろしいおもいは二度としたくないんです。つぎ、あの世界に足を踏み入れればわたしは、今度こそ帰ってこられないかもしれない。」

 たしかに、と彼は言った。

 「俺もそういう男をひとり知っている。あいつ、行方不明になっちゃったなあ。」

 そう言って差し出された漫画本は、表紙からしてゴッホの星月夜を連想させた。わたしはぶるり、震える。

 「帰ってこなくっちゃ意味がないものな。」

 わたしはこくこく頷くと、試しにその漫画を開いてみた。むわっと広がる不穏な気配に頭がくらくらする。

 「それ、あげるよ。」

 要らないのに、とはおもわなかった。このひとがわたしになにか託してくれようとしていることだけはわかった。後日しらべてみると、当然絶版になったそれはマニアの間で高く売り買いされている代物らしいと知った。その後、漫画家の彼とは会っていない。
 わたしはがばり、身体を起こすとしゅたっとベッドを降り立った。きょうからまた、仕事がはじまる。