未題

短編より短い短編小説

苦悩のふりこ

 徒歩10分のところ、気づけば40分かけて歩いていた。とまらない妄想を振り払うよう右足と左足を前に出す。出しつづける。哀しみが怒りに変わり、また哀しみに変わる。連鎖をくりかえす。

 「いい?みんな、芸術家になんてなるものじゃないわよ。人生、そんなにがんばらなくっていいの。」

 小学3年生のころ担任の先生に言われたことばの意味が当時のわたしにはよく理解できなかった。16年間留まりつづけたそれを腑に落とすには、もう後戻りできない道のりを辿っていた。

 その芸術家は己の狂気と闘いました。そして、自身の病を一旦は認め療養しましたが、最後にはピストルで自身の頭を撃ち抜きました。

 「だれも救ってはくれないから。」
 「救ってほしいの?」
 「そりゃあ。けれど、何者も何者を救えない。」
 「それじゃああんまりさびしいじゃない?」

 彼女は諭すよう言った。

 「けれど仕方のないことなの。ひとはできる限り親切でありたいと願うけれど、死に追い詰められれば引き金を引くもの。」
 「殺すの?」
 「殺したくはないよ。だからせめて自らを殺す。」
 「それは余計哀しいよ。自分を傷つけるのだって、ほかのだれかを傷つけるのと変わらないよ。」

 愛に溢れた台詞もいまは聞き取れない。代わり、それは綺麗事だよ、わたしは言った。

 「そんなことないよ、わたしは認めるよ。」
 「それはわたしのほんとうの姿をみていないからだよ。」
 「そんなことないよ、わたしは認めるよ。」
 「認めてくれなかったくせに!!!」

 気づけば叫んでいた。

 「体の良いことを言っておいてあとから崖に突き落とすなんて酷い。だったらはじめから関係をもたないで。せめてそこから眺めていて。」
 「ぼくはべつに頼んでない。君が勝手に差し出しただけだ。」
 「わたしのいちばん大切なもの、受け取っておいて最後に振り払うなんて酷い。」
 「ぼくはべつに頼んでない。君が勝手に差し出しただけだ。」

 だとしたらお門違いだ。お門違いは、わたしだ。

 振り上げた拳を振り下ろせない。憎しみはあたたかみを生まない。何度おんなじ夢に魘されようとも、決して呑まれず、理性を保ちながら生きていくしかない。どんなに辛くっても、それは辛くない。

 一度犯してしまった過ちは、いくらでも取り返すことができるよ。どんなに痛みが伴っても、時間をかけて育むことができるよ。絶望しても、その先に光はあるよ。

 「だって、それを証明するために生きているんだもの。」

 彼女は笑った。ふっと、肩の力が抜けた。