未題

短編より短い短編小説

不和の兆し

 “日本を変えるのは君だ。”

 貼り出されたポスターに目眩がする。となりに集う若者数名はお互い名刺を交換しながら、ぜひ起業しましょう、と握手を交わす。目がぎらぎらしている。独特の野心が漂ってくる。この手の“パーティー”は日本中で行われているんだなあ、とわたしはおもう。

 「君はなにがしたい?どうなりたい?」

 白紙の紙っきれを渡され、現実的に可能か不可能かなんて考えず望みを書きなよ、と言われた。わたしは相手の意図が汲みきれず疑問符を浮かべる。やたらぱりっとしたスーツを着込む男性はさあ、とけしかけるように声をかける。
 だいたいこのひとはどこのだれなんだ、そういうことはお構いなく、謎の審査を通過しながらお偉いらしいひとと会う。

 「ビジネスは自分のやりたいことをやるんじゃない。要は需要と供給なんだな。」

 レジュメよろしく印刷された起業メソッドに目をとおすともっともらしいことが書かれている。はあ、とひとまず頷きながらも“講義”はつづく。

 「たとえば君、母親のすきな色はわかるかい?」

 わかりません。

 「では、すきなたべものを知っているかい?」

 わかりません。

 「ほらな。つまり君はさ、母親の需要すら知らないわけだよ。」

 男は自身で誘導しておきながら、まるで鬼の首を獲ったかのように言った。わたしはもやっとする。なんにも知らないこの男にわたしたちの親子関係についてとやかく言われる筋合いはない。けれど、黙っておく。黙るに図星とおもった男は、その後もなにやら壮大なはなしをつづけていた。

 「どうだった?すごいひとだろう?」

 大阪の一等地に構えるマンションを出る。街並みに溶け込む時間がかかる。わたしはうーん、と一旦唸る。正体が掴みきれない。だから正直に言った。

 「なにに追われているんですか?」
 「え?」

 彼は首を傾げた。

 「言いたいことはわかります。けれど、なにか大切なものを見落としている気がする。」

 言うと、彼の目が一瞬にしてぎらりと光った。

 「それって俺たちのこと否定してない?」

 射抜くように言われ、わたしはたじろいだ。明らかに先ほどまでとは異なる空気が流れている。大阪の街並みからもう5cm浮いた気がする。

 「否定はしてないです。なんだか、もやっとするだけです。」
 「それは君がふつうだからだよ。俺たちの感性についてこられないだけだ。」

 本格的に怒りはじめたのを察し、わたしは鞄からもらった紙っきれを慌てて取り出すと、彼に押しつけるようにして言った。

 「わたしは島なんて要らない。クルーザーも要らないんです。」

 そして、くるり回れ右をしてから大阪の街を全速力で駆け抜けた。押しつけた紙に書いた願いを彼が受け取ったかは知らない。