未題

短編より短い短編小説

沈黙の選択

 すみません、すみません、すみません。すみませんを多用すると落ち着くから、現状は変わらないくせすみません、と言う。すこしでも前進したくって、誠意を示したくって、けれど口からこぼれ出る逃げ腰のすみません、にわたしは余計落胆する。
 慣れない飲み会の席ですみません、と言いながらひとり、閉じてゆくこころを感じていた。食器が取れない、サラダを取り分けられない、注文が頼めない。なんとか踏ん張って空いたグラスをさげるだけで宴はすすんでゆく。

 昔の記憶がフラッシュバックする。その場の人間がだれひとり共有できない過去に囚われて、身動きが取れなくなる。悔しい。目の前のひととは、このひとたちとだけはこれからうまくやっていくんだ、そう決めたのにからだは硬直する。

 「大丈夫?たのしんでる?」

 問われたので正直に「こわい」と言った。彼女はなにがこわいの、とやさしく問う。

 「なんにもできない自分がこわい。みんなと話せなくってこわい。」

 彼女は笑いながらそっかあ、じゃあ、話してみる練習しようか、と言った。

 「なんでもいいから質問してごらん。」

 言われて、しばらく唸り、ぽつりと発することばにテーブルの視線が集まる。そこでわたしはようやく安心し、こころの在処を確認する。

 「じゃあみなさん、最後に部長から締めのことばを。」

 ようやく口数の増えてきたところで、きょうの宴はおわりを迎えた。まわりのひとの顔々がひとまず視界にはいる。座席の注目が部長に向かう。

 「みんな、とにかくすきなことやれ。」

 わたしは彼のおもわぬひと言にちょっぴり面喰らってしまった。

 「すきなことやれ。一生懸命やれ。」

 部長はつづける。

 「たいていのことは俺が頭さげてなんとかする。だから、おまえらは本気出せ。」

 あまりに男前な発言にわたしはすごい、と心中唸った。その姿は、あの日あのとき目を合わせつうじた奥の奥のところの、潜む影を内包したやさしみを直感した刹那とよく似ていた。

 「部長からは哀しみを感じるんです。」

 わたしが言うと、彼女はやはり母のごとくやさしい眼差しで言った。

 「それはね。彼がひとのこころにとても敏感なひとだからよ。」

 わたしは頭のなかですみません、と頭をさげる部長の姿を想像してみた。決して逃げ腰ではなかった。なにかを守るために闘うとはこういうことだ、とおもいながらわたしは、ぎゅっと唇をきつく結んだ。