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未題

短編より短い短編小説

天才の受難

 絶句した。すくなくとも予測した未来ではなかった。同時に、だれがなってもならなくっても、なんにもおかしくはなかったと気づく。

 「俺は理由なんてつけたくないね。だってそうだろう?落ちたことに理由が必要か?」

 耳だけでことばを感じながらたしかにきいた。もっともだ、そうおもった。
 まだたべおわらない焼き魚と納豆、そしてごはん。皆が続々と席を立つなか彼は言った。

 「それ、まだたべる?」

 わたしが納豆を掻き込みながら首を横に振ると、彼はそうか、と短く答えた。意図がわからず、首を傾げる。

 「いや、まだたべるんなら、だれもいないなかひとりぼっちなのは、あんまり可哀想だとおもって。待っててやろうかなって。」

 やさしいなあ。口には出さなかった。やさしみを噛みしめた。

 果てなくつづく無限階段、泥濘に気をつけながら4人、足を踏みしめる。途中で息が切れる。そのとき、わずかに足をゆるめてくれたのはたったひとり、彼だけだった。
 べつになにも言わない。大丈夫か、なんて声はない。それでもわかる。わたしにはわかる。彼はやさしいひとだって。だから余計辛いのだ、哀しいのだ。
 もっとほかにできることがあったかもしれない。或いは、ひっぱたいてでも振り向いてもらえばよかったのかもしれない。伝わらないわけじゃない、知らないだけだ、まだ、知らないだけだ。

 一方で、その差し迫る感情には自身の身勝手な願いが幾分か含まれているかもしれない、とわたしはおもった。天才にはなるべく天才のまま育ってほしい。この世の薄暗さに目を向けなくったって、ずっと明るい世界をみていてほしい。そして、無垢を残したままいつまでも笑っていてほしい。そこにわかりやすい愛はみえなくっとも、ちゃあんと血は流れている。だからこそ、その光を証明してほしい。

 無性にやるせなさが込み上げてきて、わたしは枕に顔を埋めた。こういうときの自分はあんまりに妄想がすぎる。本人は案外けろっとしているかもしれない。重ね重ねて、わたしには結局のところ、やさしみみたいなものがよくわからなくなった。精いっぱいの感受で受けとめても、実際のところはわからない。現実が変わるわけではない。

 わたしはドライヤーで髪を乾かしながら、あすの予定を考えた。そして、ひとまず顔を出してみよう、そうおもった。彼の真相を知るに日は浅すぎた。