未題

短編より短い短編小説

キリトリセン

 遠く離れた田舎町にひとり、内見予約を入れる。いまだ定職なし。それでもなぜかとびっきりの希望を抱え問い合わせると、向こうは朗らかに受け取ってくれた。顔もみえないやり取りで物件を手配してくれた。ほんの1時間の内見で、段取り鮮やかに案内してくれた。

 ぼくは昔コンビニを経営していたことがあるんです、と彼は言った。ふだんなにをやられているんですか、ときかれたので文章を書いています、とわたしは笑顔で答えた。

 「作家さんですか。実はぼくの友人にも作家がいるんです。八年前、江戸川乱歩賞を取りました。」

 すごいですねえ、と言うと「いまはさっぱりみたいです」と彼は言った。

 「賞を取った当時はマスコミからのオファーもたくさんあったみたいですけど、すべて断ったら仕事がなくなったって言ってました。」

 世知辛いですね、と言うとそうですね、と彼は言った。

 「でも友人の場合、それ以前に地力を悟ったと言っていました。」
 「それはどういう意味ですか。」
 「はじめて書いた小説で取る賞じゃないと。」
 「つまり?」
 「芥川賞とか、直木賞じゃないとだめなんだって言ってましたね。」

 そういうもんですか、とわたしは言った。自分の意見は差しはさまなかった。

 「ふだんはどういう小説を読むんですか。」 
 「純文学ですね。」
 「たとえば?」
 「村上春樹よしもとばななです。」

 彼は一旦うーんと唸ると、村上春樹はまあ良いですよね、と言った。

 「読んだことがあるんですか。」
 「はい、昔。あ、そろそろ着きます。」

 不動産屋に戻ってくると、わたしは住む予定のある物件の説明を受けた。宅建の資格をもっていればぼくが案内できたんですけど、と申し訳なさそうに言った彼にも好感をもった。

 「では、駅までお送りします。」

 車に乗り込むと、きょうはありがとうございましたと彼は言った。いえいえこちらこそ、とわたしも言った。

 「とても24歳とはおもえないですね。」
 「そうですか?」
 「はい。おんなじくらいの年代のひとはもっとふよふよしていますよ。」

 ふよふよ、という表現がおもしろくって、わたしは笑った。

 「あ、でもぼくさっき言いそびれちゃったんですけど。」
 「なんでしょう?」
 「実はぼくよしもとばなな、あんまりすきじゃないんです。あのひとの書く小説、登場人物みんな精神疾患じゃないですか。」

 わたしは一瞬きょとんとすると、その後大声をあげて笑った。彼も笑っていた。穏やかな空気が車内を包んだ。わたしは車を降りると、彼としっかり目を合わせにっこり微笑んだ。しっかり者の24歳、作家の姿を切り取った。