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未題

短編より短い短編小説

闘志の色

 どこか見覚えのある顔だった。何度もみたことのある顔だった。もしかしたら、とおもったけれど言わなかった。他人の空似かもしれない。けれど彼女が自身を紹介すると、やはりテレビでみた彼女だとわかった。

 「わたし、この仕事以外考えられないんです。」

 彼女はやる気に満ち満ちた声色で言った。そこには幾分か牽制も含まれてはいたけれど、決して他人を貶める類いのものではなかった。

 「わたしはこの一年、必死にスイングをくりかえしてきたんです。来る日も来る日も、スイングしてきたんです。もちろんこれからもそうしたい。」

 彼女のある一点のみに注がれる仕事への熱意がわたしにはわからなかった。なぜ野球選手でなければならないのだろう?
 彼女は時折声を震わせながら、結局は野球選手がいいと言いつづけた。6つも歳上の彼女がいまだ保持するキラキラしたものをわたしはとっくに落としてきたかもしれない。そうおもうと、すっかり色褪せた自分のこころにやるせなさが込み上げた。

 すきなものも、ひとも、こだわりすぎると殺される。自分の、すきなものも、自分の、すきなひとも、相手が、すきかどうかはわからない。
 どんなに手を尽くしても、すきだとすがっても、押しつけたら向こうが苦しい。言い訳しながら、そうじゃなくちゃいけないんだ、声高らかに叫ぶ幼い自分がいない。
 すきなことをすきと叫べる、それだけで十分脅威だ。我慢してきたことも、遠慮してきたひとも、かかわらなければ存在さえ消えてしまう。そこまでわかっていて、まだ、戸惑うのはなんでだ。

 「なにか特技を披露したい方はいますか。」

 男性にそうきかれ、わたしは即座に手を挙げた。まっすぐに手を挙げた。

 「ホームランのパントマイムします!」

 ぽかんと口を開いた男性の前で、わたしは渾身のパントマイムを披露した。絶対にこれがいいとか、これ以外考えられないとか、いまの自分のなかには、そんな純粋なこどもの姿がみえなかった。
 それでも、この感情を嫉妬に変換させたくない。できるなら、そんな世界の住人としていっしょに肩を並べたい。わたしはこころのなかにゆらゆら佇む焔を感じながら、彼女の反響する声色をきいた。

 いまはただ、自分自身を信じたい。