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未題

短編より短い短編小説

ノスタルジア・ブルー

 18.5帖の広々リビングにグランドピアノ、いつでも飲める水素水生成器設置、お菓子づくりに便利なオーブンレンジ付、夢のカウンターキッチンで食卓の準備もらくちん。しかも3LDKの11階建て最上階、夏はベランダから花火の一望できる海沿いのマンション。
 おもわず目を見開く理想を詰め込んだ物件情報にまるで楽園!と数日前の自分はたしかに叫んでいた。東京暮らしと比べればお値段格安、まるで浦島太郎みたい。リッチな感覚に浸りながら優雅にすごす田舎暮らし。

 それでもいまはどうしても手放しで喜べない。

 急に現実味を帯びた食卓を想像し、わたしはおもわず涙ぐんだ。18.5帖のリビングではくたびれた老夫婦が煮物をつっついている。ふたりきりでごはんをたべるにはあまりに広すぎるそこで、箸の食器に触れる音だけがかん、とさびしく響く。
 だれもいない6.5帖の洋室にはさびれた学習机がふたつ並んでいる。それでも余ったふたつの部屋、7.6帖の洋室には大量の段ボール箱が積み上げられている。余った4.5帖の和室で、ふたりは毎晩ねむるだろう。

 自分のいないその画は妄想を遥かに超えた侘しさを携えていた。どうしていままで気づかなかったんだろう。もしかしたらおばあちゃんはずっと、この景色を予測していたんだろうか。わたしは気づこうとさえしなかったのに。
 自分の景色ばかりを追って、追われて、取り残される食卓なんて考えもしなかった。だからずっとさびしくて、それでもさびしいと言えなくて、遠回しに訴えるそのきもちをちっとも汲まず、わたしは突き返してきた。

 ずっと言い訳だとおもっていた。煩わしいとおもっていた。そんなことなかった。

 「おばあちゃん、わたし合格通知もらったよ。」

 でも……とわたしがもごもご口を動かしていると、おばあちゃんは笑った。

 「いっておいで。」

 にっこりと弧を描く目尻にまた堪えた。そんなことされたら余計哀しい。でももう、さびしいとか、いきたくないとか、わたしが言うわけにはいかなかった。間取り図を眺めるおばあちゃんを横目にみながら、わたしは嗚咽を殺して泣いた。

 だいすきなおばあちゃんへ

 いままで両親のいないわたしを育ててくれてありがとう。わたしはここを出ます。そして、大きくなります。そのときはおばあちゃんの想像もつかない恩返しができるようがんばるね。

 わたしより