未題

短編より短い短編小説

ひとりよがり

 わたしは自分でも意識しないうちに大層甘やかされて育った、いわゆる箱入り娘だ。わたしをわがままな娘に育てるため、父なんてわざわざ占い師のもと、わがまま娘に育つ名前候補を打診しにいったくらいだ。その甲斐あってわたしはひとの好意を受け取るになんの疑いももたない世間知らずなおとなになった。
 だいたいわがままは一般的にあまり歓迎されないことを、わたしは二十歳になるまで露程も知らなかった。ひとのおもいやりみたいなものを受け取ることに慣れて、そのおもいやりが相手にとっての生き甲斐なんだろうとこころからおもっていた。

 無邪気はときにひとを傷つける。

 何度もしっぺ返しがあった。なんの疑いもなく育んでいるとおもっていた関係性が見せかけのものだと気づかされた。それ以来わたしはひとの好意を極端にこわがるようになった。好意を示すことも不得意になった。

 そうか、と彼は軽く呟いた。

 海外留学することを伝えると、がんばってね、と言う。たしかになんの相談もしなかったけれど、あまりにあっけなく返されると、おもった以上に苦しくてびっくりした。いっしょにがんばろう、と言われることの安堵はなにものにも代えがたい。
 けれど、無理もないことだとおもう。わたしは芸大に進学してからというもの、精神世界を描く創作にすっかりはまりきってしまっていた。いつでも自分を取り囲む世界に囚われ、身近な世界をないがしろにしてしまった。

 だから、相手のこころが離れてしまうのは仕方のないことなのだ。

 ひとは話さなければ疎遠になるものだ、いつの間にかそのひとを忘れてしまうものだ。その空白でどんなに創作を描いても、絶えずそのなかに相手がいても、そのひと自身は身近な世界のなか刻一刻と生きている。

 わたしはずーんと項垂れると、6月の約束とか、江ノ島の約束を思い出した。ちっとも忘れていないそれを相手が覚えているかどうかさえ定かではない。口に出せば済むはなしを、わたしは臆病にも呑み込んでしまう。

 「けれど他人事だとおもっているわけじゃないよ。そういうふうにがんばるよ。」

 なけなしの勇気で絞り出したことばは、まわりくどくこぼれた。あまりに婉曲した表現は意思を確かめるに心許ない。鳴らないスマホを見つめながら、わたしはいまの精いっぱいを噛みしめることしかできなかった。

 ふう、とひと息吐くとわたしはまた描きはじめた。どんなに覚束ない足取りでもいまは描くしかないとおもった。そこに迷いはなかった。

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