未題

短編より短い短編小説

強行突破

 息がはあはあとあがる。走っているせいじゃない。想像してあがっている。わたしは足をとめず走りつづけ、帰宅すると早々にシャワーを浴びた。
 腰を丸め、口元を手でおさえる。発作は加速した。はっ、はっ、まるで犬みたいに息を荒立て、泣きわめきくのをぐっと堪える。

 それでもこころのどこかで決めた。やってみるしかない。物理的に不可能なことじゃないんだから。

 あがると髪も濡れたまんま、自室の勉強机の下、ごみ袋を漁った。くしゃくしゃになった連絡先一覧表を押し広げながらスマホを手に、はっ、はっ、とやはり息を切らしたまんま外に出る。階段の踊り場までいくといよいよ息があがる、はっはっはっはっと内臓がぴょんぴょん跳ねる。

 頼みの綱にまずは電話をかけた。つながらない。
 もう一度かけた。つながらない。

 けれどいまやるしかない。もう二度とかけられない。こんな発作とそう闘えない。

 振り切るようにいちばんうえの連絡先に電話をかけた。つながらない。
 仕方ないのでもう一度頼みの綱にかける、つながらない。
 もう一度かける、つながらない。ここでキャッチがはいった。

 いちばんうえの連絡先の人物が電話を折り返してくれたみたいだ。

 慌ててかける、もう自分がなにをしているかわからない。つながっているのか、いないのか、わからない。息がどんどん小刻みに紡がれる。口のなかが渇く。画面を確認すると通話中になっている、もう一度耳をつける。

 「はい。はい?」

 電話の向こう側で人物が声を発している。つながった!

 「あ、あ、わ、わ、わた、わたじ、わた、ですがっ」
 「はい?はい?」
 「あ、あど、す、すすすいませ、それで、で、わた、わだ、れ、れん、れんら、れんらっを、」

 ここで向こうのひとがなにかを察したみたいだった。

 「そそ、そそ、それで、で、わだ、わた、わだじ、あ、あ゛、あ、あ゛、。あ、ああ゛、」
 「大丈夫、大丈夫です。」
 「あ、あ゛、あ、ああ゛、」

 何度も何度も絞り出そうとしたけれど、ことばが出ない。どころか、嗚咽で時折声がとぶ。
 あす。明日。こんなに簡単な単語、5歳児でも言える。

 「あ、あ゛、あ、あ゛ず、あ、あ゛ず、あず、」
 「あす、ですね?」
 「あ゛、あ、ああず、あ゛す、」
 「わかりました。明日ですね。」
 「よ、よろ、よ、よろ、よろじぐおねが、おねが、おねが、し、じ、しま、じまっ」
 「はい、わかりました、わかりました。」

 なんとか伝え終え、わたしは電話を切った。人前でこんなに取り乱したのははじめてだった。きい、扉の開く音がした。