未題

短編より短い短編小説

忘れては

 わたしが高1のころの古文の先生はさながら作家のようだった。いわゆる日本の最高学府を卒業した彼はたいへんな読書家で、いつも小説を小脇に抱えては隙あらば本を読むひとだった。彼が廊下を歩きながら読書する姿を、わたしは何度もみたことがある。そんな彼は、学内でも風変りだと評判の先生だった。

 あるときは国語の資料集を突然破りだしたときいた。彼は「資料集は分厚くっていけない。こんなものは必要なページだけ破ってつかいましょう」と生徒たちにすすめたという。
 またあるときは遅刻はいくらでもしましょう、と呼びかけた。「遅刻をしないよう走ったせいで車にでも轢かれたらいけない」と彼は言い、担任したクラスは案の定遅刻者だらけになったという。
 保護者会では、先生との会話が成立しないと専らの噂だった。「きょうは良い天気ですね」と言うと「スイカはおいしいです」とかえってくるほど意味不明な受け答えをしていたそうだ。
 そんな彼を友人のいくらかは変人だと言ったし、保護者のなかには煙たがる者もあった。
 それでも、彼の作成した試験問題は非常に叙情的だった。押しつけがましさのない趣きがあった。ましてや彼の授業がなければ、わたしは在原業平に恋をすることもなかっただろう。

 高3のとき、先生はついにわたしの担任の先生になった。彼は噂どおりすこし風変りだった。

 「防災訓練なんかやるけれど、災害のときは整列なんかせず真っ先に逃げましょう。だれもあなたたちを守ってくれません。各々が責任をもち勝手に逃げましょう。」

 彼はそう言い、となりの席の男子はぎょっと表情を歪ませた。

 けれど先生はその年、わたしたちに暑中見舞いも、年賀状もくれた。わたしが保健室に通いつづけたころには、保健の先生にたびたびわたしのようすを尋ねてくれたときいた。
 先生は、わたしには直接話しかけなかった。わたしも先生には直接話しかけなかった。わたしたちは会話らしい会話を一度も交わしたことがなかった。

 そうして最期まで話すことなく、先生は先月亡くなった。

 あれからすっかりおとなになり、わたしはなんと国語の先生になった。いまちょうど授業で伊勢物語を読んでいる。