未題

短編より短い短編小説

異日常

 事情聴取を受ける兄を待つ時間はとても長かった。事務所の出入り口にある長椅子に妹とふたりで座る。こんにちは、と感じの良さそうな挨拶をした警察がまずきいてきたのは、あなたたちは兄のなんですか、ということだった。ただの付き添いで家族です、と正直に答える。

 「ではこちらでお待ちください。」

 やはり感じの良い笑顔で促されいまに至る。

 「たぶんさあ。わたしたちも疑われてるんだろうね。」

 妹が軽く言った。そんなこと考えもしなかったので、わたしはびっくりした。だってなんにもあるはずない。被害者は兄だ。そうはおもったけれど、世のなかには“家族だから”が手放しに通用しない現実があることをわたしも知らないわけではなかった。

 「あー、わたしあすからテスト期間なんだけどなあ。」

 妹が笑った。なかなかこんな機会ないよね、とわたしも笑った。

 時折兄の声がきこえてくる、警察の声もきこえてくる。兄は、穏やかな口調になったり、すこし不安げな口調になったり、くるくると変わる表情をその声に感じ取ることができた。3人くらい事務所のなかにいるらしい。兄の発言で情報が追加されるたび、警察のひとがうろちょろと事務所間を往復し、電話などで真実をたしかめているのがわかった。

 わたしたちの座る長椅子は狭い通路におかれていて、それ以外にももちろんたくさんのひとがとおった。リクルートスーツを着た若いおねえさんや、恰幅のよいごりごりのおじさんや、腰と手首をロープで縛られ歩かされている男もとおった。
 その男は灰色のよれたスウェットを着ていて、前後にひとりずつ警察がついている。わたしが気を取られうっかり目を合わせると、男の鋭い視線が刺さった。一瞬背筋が凍る。けれど他人同士、5分も経てばそんなことはすぐに忘れた。

 わたしたちは遅いねえ、なんて呑気に言いながら、将来の夢や、恋愛や、今度の旅行先について話した。

 長い長い事情聴取を終えてようやく兄が戻ってきたのはもう夕方だった。兄は苦虫を噛みつぶしたよう口元を歪ませ、だめみたい、と言った。そっかあ、とわたしたちは言った。けれど手は尽くしたよね、わたしは言った。兄は力強くうん、と頷いた。帰りがけ、3人でラーメンをたべた。