未題

短編より短い短編小説

凹凹な問答

 「このバイトを志望した理由はなんですか。」

 プロトタイプの質問は返答するにいつも窮する。志望理由、みたいなものを考えるのがとても苦手だ。志望先が本気であればあるほど、その問題は根深い。慎重に、誠実に、ことばを選び取ろうとするほど、概念的な世界が拡がり収拾がつかなくなる。

 「ええ、と、わたしは、うたうことがすきで、なぜなら、うたがなければ、死んでしまう類いの、人間でして……」

 頭のなかでぎゅるぎゅる飛び交う情景を振り切りながら、なんとか口をもごもごさせるとわけのわからない台詞が連なった。はあ、と尻さがりの声を発した店長さんの表情が一瞬だけ曇る。こういうところだけはとても観察眼に長けている。

 「いや、ちがうんです、その、前からここのカラオケ店は常連で、その、気になっていて。」

 なんとかふつうの会話に戻そうとすると「ああ、そうですか」とすこしだけの共感を得たのち、「いつもご利用ありがとうございます」と上手に距離を離された。ああ、だめかと内心おもう。

 ひととキャッチボールしようとするといつでも、交差するみたいな不安があった。相手の球はうまく飛んでこないし、自分の球もうまく投げられない。

 「週に何回くらい入れそうですか。」「時間は何時から何時までを希望しますか。」「以前はどんなバイトをしていましたか。」

 現実の枠組みを埋めていく作業は実はとても重要なことだ。けれどわたしにはどうしても、それ以上に大切なことがあった。どんなに無様でもいい。すべっても、こけても、泥んこになってでもキャッチボールがしたかった。

 「最後になにか質問はありますか。」
 「は、はい!」

 最後ということばに反応したわたしは、なんとか挽回をはかろうといままでずっと気になっていたことをきいた。

 「ここの306号室、おばけ出るって言われません?」

 店長さんは今度はあからさまに訝しげな顔をすると、「ないですね」ときっぱり言った。

 数年後、友人にこのはなしをするとばかじゃないの、と笑われた。たしかに、とわたしも納得する。

 「だいたいそれ、たぶんべつの意味でも誤解受けてるよ。」

 妙なツボにはまったらしくいつまでもくつくつ笑う友人をみながら、わたしは日本酒を煽った。ちょっぴりおとなの味がした。