未題

短編より短い短編小説

-2+3=+1

 空欄だけが白く浮き出る、その紙を前にしばらく唸っていると、姉がノックもなしにわたしの部屋にはいってきた。どうしたの、と問われたので、出そうかどうか迷ってる、と答える。

 「まだ迷ってるの、そんなの、はやいとこ出しちゃえばいいじゃない。」
 「不安なの。」
 「受かるかどうか気にしてるわけ。」
 「ちがうよ、その先のこと。」

 すると姉は大げさにため息を吐き、あのねえ、と話しはじめる。

 「頭でくどくど考えてたって仕方ないでしょ。あんた、受かるかどうかもわからないのにその先の心配までして、そんなんじゃあいつまで経っても現実がすすまないじゃない。」

 ド正論なので、そうだね、とかえす。

 「だいたい、執着ってもんが足りないんじゃない。」
 「だってわたし、そのひとのこともあんまりよくは知らないんだよ。そんなひとに、どうやって好意を示せばいいかわからないの。」

 言うと、そんなことで悩んでるの、と姉はますます怒り出す。

 「あんたさあ、ほんとうに社会に出るつもりあるわけ。ひとりひとりに対していちいち好意なんて示していられるわけがないし、誤解が生じるのはあたりまえ。」

 あんまりド正論なので、わかってるつもり、とかえす。

 「きらわれるのがこわい?ちゃんちゃらおかしいね。そうやってひとの目を気にしすぎるから、いつまでも外に出られないんだよ。」

 深く刺さることばの数々に、目にはじんわり涙がたまった。けれど、とおもう。わたしにだって執着がないわけじゃない。大事におもってる、大事におもってるから悩んでる、いつも手元にこの紙をおいて、なにを書くか考えてる。ノートに候補をたくさん書いて、推敲して、あれじゃない、これじゃない、ほんとうのことばをさがしてる。

 「おねえちゃんにとって執着は愛かもしれないけど。」
 「なによ。」

 気がつけばわたしの口はひとりでに動いていた。手はぎゅっと拳をつくり、わなわなと全身で震えている。

 「執着だけが愛じゃない。」

 絞り出したことばが過去とつながり、わたしはその場に崩れ落ちた。それは世界一哀しいことばだった。

 「あっそう。だったら、勝手にすれば。」

 姉はついに部屋を出ていった。

 取り残された部屋でわたしはしばらく呆然としていた。まるで殺人でも犯した気分だった。そして、この忌まわしい事件を決して顕在化させまい、とこころに決めた。わたしは再び机に向かうと鉛筆を握り、穴ぼこだらけの空欄を6時間かけてひとつ埋めた。