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未題

短編より短い短編小説

突拍子あり

 キャリーバッグを引きずり幼馴染の住むマンションへ押しかけた。ドアを開けた際の驚愕した表情を素通りし、お邪魔しまーすとなかにはいる。どうした、ときかれたけれどなんにもこたえない。そのままずかずか入り込むとどすん、と居座り「なにもきかずきょうは泊めて」と言った。「べつにいいけど」と幼馴染。

 ひさしぶりの部屋にきょろきょろあたりを見渡すと、この前とは明らかに内装が変わっている。黒い革張りのソファーに、おしゃれなダーツ板。
 わたしは変わらずそこにあったテーブルのうえのリモコンを手に取ると、勝手にテレビを点けた。

 「あれ?そういえばテレビも変わった?」
 「そうそう。これさあ、実は海外ドラマもすきな時間に観られるんだよ。」

 そう言いながら幼馴染はわたしからリモコンを取りあげ、なにやらぴこぴこ操作しはじめた。その姿をしばらく眺め、わたしは「あ、」と思い出す。

 「ほうれん草、買ってきた。」
 「は?ほうれん草。」
 「うん、手ぶらじゃわるいとおもって。あと野菜たべたいかなとおもって。」
 「そっか。じゃあ茹でるかあ。」

 心なしかうきうきした声で立ち上がろうとしたその手をひっつかみ、わたしは言った。

 「いや、茹でない。」

 そしてキャリーバッグをがさごそ漁り、総菜パックをスーパーの袋ごとはいこれ、と渡す。

 「ほうれん草ってこれのことかよ。」
 「うん、ほうれん草のおひたし。」
 「おまえなあ、これほうれん草買ってきて茹でるだけなんだぞ。」
 「生のほうれん草なんて買ったこともない。」

 そこまで言うと幼馴染は「おまえ、相変わらずだなあ」とため息を吐いた。わたしはシシ、と笑う。

 「なんかさあ、自分の力で生きてみたいとおもったんだけど。」
 「ん?それが出てきた理由なの?」
 「きかないでって言ったじゃん。」
 「あー、はいはい。」

 一見なんの関係もない突飛な話題も遮らず会話を素直に引き受けたうえ、幼馴染は無茶な要求まで呑まされた。

 「わたしはずいぶん昔から決めてたんだよ。」
 「なにを。」
 「生きのびることを。」
 「だろうなあ。」

 納得というより、あたりまえみたいに言った。

 「だからわたしホームレスになる。」
 「……は?」

 それでも最後のひと言には面喰らったみたいだ。一瞬息を詰まらせたのち、驚愕した表情をみせる。この顔をみるのは二度目だなあ、とわたしはおもった。そして幼馴染は先ほどより深い二度目のため息を吐くと、「俺、おまえには敵わないや」と呟いた。わたしはシシ、と笑った。