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未題

短編より短い短編小説

アニマルジャック

 失意のどん底で帰宅すると、6畳ほどのキッチンスペースには不釣り合いのおおきいダイニングテーブルが鎮座していた。弟が熱心に読みものをしている。どうやら医学書を読んでいるようだ。
 はて、弟が医学部にはいりたいと口にしたことは一度もなかったような、とおもいながら声をかけようか迷っていると、なにやらテーブルの下で床をひっかく音がきこえた。

 みると、びゃっと、なにかが通った。

 あまりに一瞬の出来事だったので状況が判断できず、なにやらテニスボール大の小動物らしきものが2匹、じゃれあうようおっかけっこしていたことだけ見当がついた。

 「いまの、なに。」
 「え、なにが。」
 「なんかいるでしょ、2匹。」
 「ああ、リスざるとコアラ。」

 弟はなんてことない、という感じでわたしの質問にこたえた。医学書からは目を離さなかった。なにかがおかしい。百歩譲ってリスざるはわかる、けれど、そんなにちっちゃいコアラ、きいたこともない。
 すると2匹がひょこひょことテーブルのうえにのぼってきた。先ほどの速さでは肉眼で確認できなかったけれど、いまなら2匹がなにか、わかる。ばっちりみえる。たしかにリスざると、コアラだった。

 疲れてるのかしら。

 そうおもったわたしは、ふらふらと席を立つと姉弟部屋で休むことにした。弟が小学生のころ図工の時間につくった“Welcome”ボードのかかったドアを開くと、そこには部屋の半分ほどを占めた牛小屋があった。なぜか小屋の扉は半開きになっている。牛小屋には当然、牛がいた。豚もいた。
 そしてもっと奇妙だったのは、小屋の外にまで藁が散乱し、そこでにわとりが3羽闊歩していることだった。まるで牧場だ、動物園だ。わたしは目眩がした。うちのマンションは動物を飼うことが禁止されているはずだ。弟はいったいいつの間にこんなにたくさんの動物たちを連れてきたのだろう。

 仕方なく、わたしは部屋を出てリビングのソファーで横になることにした。

 これでぐっすりねむれる、そうおもい目を閉じた途端、今度はポケットのスマホが振動した。慌てて出るとイモトさんだった。電話口の向こうで猛烈に怒っている。はい、はい、相槌を打ちながらきいていると、視界の端っこで先ほどのリスざるとコアラが駆けていくのがみえた。
 つぎの瞬間、2匹は勢いよくベランダの窓ガラスに突っ込むと思いっきり跳ねっかえり、わたしの顔面に見事着地した、のち、そのまま顔のうえでけんかをおっぱじめた。なんだこれはとおもった。ここはワンダーランドか。頭がぼふん、とショートしわたしは意識を手放した。