未題

短編より短い短編小説

ダ・カーポ

 ごろんと仰向けに寝返った水野くんはにやりと笑う。真上からみたその表情はどこか爽やかで、額からはどくどくと血が出ている。

 「あーあ、やっちゃった。」
 非常事態のはずなのに水野くんはそんなふうに言った。余裕があってすごいとおもった。余裕がないのはわたしだった。大急ぎで木から飛びおりると、先生のところへ一目散に駆け出した。

 水野くんはその後救急車で運ばれ、その日のうちに教室に戻ってくることはなかった。がらんとした放課後の教室に取り残されたのは、わたしと先生だった。

 「なんで登ってはいけない木に登ったんですか。」
 先生が詰問する。
 「えっと。」
 わたしはなんともいえない表情を浮かべ、困った顔をした。

 「登ってはいけないと知らなかったんですか。」
 「……知っていました。」
 「ではなぜ登ったんですか。」

 木にのぼってはいけないなんて、なんだか納得できなくって。

 「えっと、あの、その……」
 うまくことばにすることができず、目の前の先生が般若みたいに怒った顔をみておろおろした。
 「いいですか、こんなこと、二度としてはいけません。反省文を書いてもらいます。」
 「はんせいぶん、ですか?」
 「この原稿用紙に反省文を書きなさい。いいですか、今後木には絶対に登ってはいけませんよ。」

 わたしはまだこころにひっかかるもやもやを抱えながら、原稿用紙を受け取った。たしかにきょう、水野くんはけがをしてしまって、危ない目にあった。いけないと言われていながら、ふたりして木にのぼった。だからわたしはわるいことをしたのかもしれない。

 「さあ、いますぐ書いて。」
 急かすように言われ、わたしはよくわからない感情のまま鉛筆を取り、ひとまず“木にのぼってごめんなさい。”と書いた。

 けれどなぜ謝っているんだろう。

 「1時間後に戻ってきますから、それまでに書き上げなさい。」

 先生がぴしゃりと扉を閉めると、教室にはわたしひとりだけが残った。なんだか急にこわくなって、はやく書かなくちゃとおもった。なんにも浮かんでこない、けれど、このままじゃおうちに帰れない。

 “木にのぼってごめんなさい。はんせいしました。わたしはもうにどと木にはのぼりません。ずっとのぼりません。ぜったいぜったいぜったいぜったいぜったいぜったいぜったいぜったいのぼりません。”

 後日、水野くんは頭にぐるぐると包帯を巻いて登校してきた。姿をみられたのが嬉しくてすぐに水野くん、と声をかけると、水野くんはにやりと笑って言った。

 「またいっしょにのぼろうぜ。」

 わたしは元気よく頷いた。