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未題

短編より短い短編小説

拒絶反応

 起き抜けに襖を開けると母がホットプレートでたこやきを焼いていた。きのうからの胃もたれに目眩がする、すると、母は嬉々として「たべるでしょう」ときいてきた。わたしはうん、おいしそうと答えた。
 焼きあがるとすぐ、母はたこやきをたべはじめた。わたしはそのようすを黙ってみていた。

 「要らないの?」
 「うん、あとでね。」
 「いいじゃない、たべなさいよ。おいしいよ。」

 わたしは清算しない罪悪を引き連れていた。母は知る由もない。何度も何度もたべなさいとすすめた。仕方がなかった。彼女もまた、おんなじ罪悪を引き連れていたのだ。

 わかったらいっそう、逆らえなくなった。彼女なりのやさしさだった、彼女なりの愛だった。

 この前はたべるの、と懐疑的にきいた。それ以上たべるなんて太るわよと注意した。けれどいま、彼女はたべないの、と言った。おいしいよ、おいしいよ、にっこり笑ってそう言った。

 もういっか、そうおもった。もういいや、そうおもった。半ば投げやりなきもちでたこやきを口に放りこむ。

 「あらあ、たべたの。」
 「うん、おいしいよ。」

 ふと顔をあげ、わたしはおもわずぎょっとした。母はにんまり笑ってこう言った。
 「あなた、また太るわよ。」

 瞬間、わたしは勢いよく席を立つとトイレへと駆け込んだ。きもちわるくって、きもちわるくって、便器にげえげえとたこやきを戻し、口のなかに指を突っ込んでさらに吐いた。まだすこししかたべていなかったので、すぐに胃液があがってきた。口のなかがすっぱくて、悔しくって、惨めで、最高に屈辱的だった。

 しばらくして空しさが迫ってきた。こころは落ち着いた。わたしはまずトイレットペーパーで指の汚れをきれいに拭き取ると、レバーをまわし水を流した。ついでに先ほど棚に置き捨てた眼鏡をかけ、手洗い器で指の汚れを水で流した。つぎに洗面所へいくと、指の汚れをごしごしとせっけんで落とした。顔も洗い、口は念入りにゆすいだ。リビングへと戻ると母は不思議そうに首をかしげていた。

 わたしはおどけるように言った。
 「うんち出るかとおもったけど出なかった!」

 漫画みたいにどっという笑い声が響いた。母は「なにそれえ」と笑った。のどかな昼さがりだった。