未題

短編より短い短編小説

“ひと”

 ほんとうは父が先立ったら犬を飼おうとおもっていたの、けれど、犬は餌代もかかるし、保険にもはいらなくってはいけないし、お散歩もしなくっちゃいけない。ところかまわずおしっこしたり、はじめのうちはしつけだってたいへんかもしれない。
 その点ひとって良いわあ。餌代はやっぱりかかるけれど、口をきかない犬に比べたら利口に話すもの。犬なんてなに言ってるかよくわからないから。なんなら、保険代だって出してあげてもいいくらいよ。なにより、うちのひとはなんでもおいしそうにたべるもの。

 「ひと。あなた、たべる姿がとっても素敵ねって言われたことない?」
 「ある、1回だけ。拓真に。」

 あらあ、拓真くん。懐かしい名前ね、やっぱりあの子がひとの運命の相手だったのかしら。

 「うーん、そんなことないとおもう。」
 「なんでよ、どこがいけなかったっていうの。」
 「べつにすきじゃなかったから。」
 
 「金もないくせにつまんない男だったからでしょ。」
 先ほどまで黙ってとなりを歩いていた友人がぴしゃりと言い放ったので、わたしはおもわず唸った。

 「すごい、言い得て妙。」
 「でしょ。金もないのに哲学もないなんてまったくもって価値なし。ていうか意味わかんない。」

 そうねえ、お金がないんならせめて芸のひとつやふたつできなくっちゃだめよねえ。犬だってお手のひとつやふたつするんだから。

 「だいたいね、金がないっていうのは守るものがないってことなのよ。守るものがないんなら、捨て身で挑んでいくしかない。哲学をとおすしかない。けれどあの男、結局は東京から逃げて地元に帰って、そこで天下取った気でいるから。あんな奴、一生お山の大将やっていればいいんだわ。」
 友人はふんと鼻を鳴らしながら、そう言い切った。

 そうそう、そのとおりよ。だからひとも反省なんてしなくっていいの。すこし叱られたくらいでしょんぼりするんじゃないわ。自分の信念を貫きなさい。
 ああ、わたしのかわいいひと。餌はたっぷりあげるんだから、おもしろいものをみせてね。え?いいのよお、このくらい。遠慮なんかしなくっても、あ、そういえばこの前駅前で素敵なお洋服を見つけたわ。フリルのついた、あ、フリルは嫌だって言ってたかしら?でも絶対似合うわよ、ひとにぴったりよ。