未題

短編より短い短編小説

やりたい=やりたくない≠やらない

 進路はどうするの、問われてびくりとした。おんなじ台詞でも3年前ならきっとそうじゃない。堪えきれない笑みを浮かべえへへと照れながら、○○大学です、なんて控えめに言っていたに違いない。
 すごいね、言われるとこころがほかほかする魔法のことばがほしくって、必要以上にがんばっていた。

 いま、忘年会の席で対面に座っている女性は初対面ながら、初対面だからか、わたしの背筋が凍りつくようなことばを投げかけてくる。大学3年生のこの時期なら珍しい問いではないけれど、だからって血液型を尋ねるくらいの気軽さできくなんて。

 「就職はしないです。」

 曖昧な返事をするわけにもいかず、そう選んだのは自分だと胸を張るしかなかった。虚勢交じりのことばは、おさけの加勢もありおもった以上にきっぱり声に出てびっくりする。

 「なにかほかにしたいことがあるの?」
 「特には。」

 ほんとうになんにもなかった、やりたいことなんてなかった。ただ、いつの間にか自分だけ白濁した箱のなか押し込められている感じだった。やりたくない、だけがあった。やりたくないことばかりだった。もがけばもがくほど苦しくって、窒息しそうだった。

 「働かないとひまだよ。愛人契約でもするの。」

 だからか、彼女のことばは焦燥とはまたべつの角度から、何年もかけ熟成するワインみたいに染み込んだ。予想外のことばに面食らっていると、「あれも案外面倒だからなあ」と呟く。

 そういえば、とわたしは唐突に思い出した。合鍵のたくさんついたホルダーを指でぐるぐるまわしながら、「あの社長がさあ」と誇らしげに語る女の子の姿だった。まるで数々の男を股にかけているんだと言わんばかりの視線に、あなたは妻じゃない、とは言えなかった。
 ふと顔をあげると、ショートカットにきりりとした表情の彼女と視線がかち合う。

 「あの、なにがいいとかはよくわからないですけど。」
 世のなかにはいろんなひとがいて、いろんな生き方がありますし、と言うと彼女は頷いた。

 「ただ、やりたくないんです。」
 そして、今度ははっきりとそう言った。

 やりたくないはやりたいの裏返しだった。やりたいを選ぶのは、やりたくないを選ぶのとおんなじだった。そして、やりたくないとやらないは一見よく似ているけれど、実はずいぶんとちがっていた。おもえば、わたしはとても長い間そういうことを考えていた気がする。

 彼女は一瞬きょとんとすると、そのあとふふ、と笑った。わたしもつられてふふ、と笑った。