未題

短編より短い短編小説

閉塞的隔絶感

「だれをターゲットに企画を出すか、まずは考えてみてください。」 言われて硬直したからだ、わたしの脳内は瞬く間に混線した。浮かぶ情報に色がみえない。いったいだれのために、問われ、問うと、錯綜する意識に自分の感覚がどんどん閉じていくのがわかる。

ゆりかご

「もし、申し訳ないですが急用につき家をあけます。お立ち会いお願いいたします。」 オーナーはふたつ返事で了承すると自転車の鍵を貸してくれた。きのうはコインランドリーの鍵を借りたばかりだった。オーナーとはいえ、果たしてあまりに不用心ではないかと…

天才の受難

絶句した。すくなくとも予測した未来ではなかった。同時に、だれがなってもならなくっても、なんにもおかしくはなかったと気づく。 「俺は理由なんてつけたくないね。だってそうだろう?落ちたことに理由が必要か?」

先読みのスタートダッシュ

退路を断った見知らぬ街でひとり彷徨い歩いていた。確定できない未来に身を委ねるのはそれ自体が恐怖だ。スポーツバッグを背負いながら、宛てもなく歩く。歩いているほうが楽だった。なにも考えなくっていい。 それでも肉体には限界がある。精神がどれほどの…

出口のない入口

雑居ビルの一室に入ると、OL風のおねえさんがにっこり笑った。こんにちは、挨拶すると奥のほうへと促される。室内はいたってふつう。生活感は当然ない。 どうぞと言われ腰かけると、おねえさんはお茶を出してくれた。わたしは飲まない。もしかしたら変な薬が…

スウィッチ

だれが良いとかわるいとか、そんなのない。各々が各々の課題と向き合いながら闘っている。だから自分は自分の闘いで手いっぱい。だとしたら虚しい。虚しい、と感じるのはいつも冷静なときだった。

陰陽魚

オレンジの折り紙をはさみでちょきちょき切り、貼りつける。ぺたぺたと塗られる蛍光塗料の色が冷たい。まるでハリボテだ。ハリボテはいくら積んでも、ハリボテだ。

片道バス

改札で手を振ったのは1度だけ。振り返らなかった。ぱんぱんに詰め込んだキャリーバッグをごろごろ押しながら迷わずエレベーターに乗り込む。予定どおりの電車に乗った。 夜中の23:30から旅をはじめるのも珍しい。車内は酔ったサラリーマン、停車するたび交わ…

キリトリセン

遠く離れた田舎町にひとり、内見予約を入れる。いまだ定職なし。それでもなぜかとびっきりの希望を抱え問い合わせると、向こうは朗らかに受け取ってくれた。顔もみえないやり取りで物件を手配してくれた。ほんの1時間の内見で、段取り鮮やかに案内してくれた…

闘志の色

どこか見覚えのある顔だった。何度もみたことのある顔だった。もしかしたら、とおもったけれど言わなかった。他人の空似かもしれない。けれど彼女が自身を紹介すると、やはりテレビでみた彼女だとわかった。 「わたし、この仕事以外考えられないんです。」

ノスタルジア・ブルー

18.5帖の広々リビングにグランドピアノ、いつでも飲める水素水生成器設置、お菓子づくりに便利なオーブンレンジ付、夢のカウンターキッチンで食卓の準備もらくちん。しかも3LDKの11階建て最上階、夏はベランダから花火の一望できる海沿いのマンション。

ひとりよがり

わたしは自分でも意識しないうちに大層甘やかされて育った、いわゆる箱入り娘だ。わたしをわがままな娘に育てるため、父なんてわざわざ占い師のもと、わがまま娘に育つ名前候補を打診しにいったくらいだ。その甲斐あってわたしはひとの好意を受け取るになん…

怒りVS.怒り

「自分ばっかり被害者ぶらないでよ!」 言ってからしまった、とおもった。ただでさえ余裕のない人間にいまのことばはやりすぎだ。案の定彼女は憤慨すると、沸騰したやかんのように怒鳴り散らした。

哀しみの落とし穴

貼り出された番号はなかった。わざとコンビニを迂回して踏切を渡る。道すがら、この前の男が座り込み待っていたからだ。ちらり目が合えどふいと逸らされる。いまの彼には興味がないのだ。代わり、肩を落としすごすごと帰る彼女たちには陽気に声をかける。

確執の隙間

「ねえ、遊ぶってどうやるの。」 「あんた、遊んだことないの?」 「遊ぶっていったいなにかわからない。そうおもったことはない?」 わたしが尋ねると、姉ははあ、とため息を吐き面倒くさそうに目をすがめた。

急転直下の浮上

日常は突然幕を閉じた。あんまり突然だったので、わたしはぽかんと口を開けたまましばらく佇んでいた。まさかのんびりおひるごはんをたべているなか、電話一本でおわりを告げられることになるとはおもってもみなかったのだ。 けれどひとまず、わたしは「わか…

見送り電車

電車のホームでベンチに座っていた。息が荒く、からだが震えている。動こうにも動けない。いつからか頑なに固まったそれに困惑しつつ、乗らなければならないジレンマを抱えていた。

ある日のLINE

「おねえちゃん、いまなにしてるの。」 午後1時ごろ、LINEの着信音が鳴った。滅多に鳴らないそれを確認すると妹からだった。

掃きだめの心労

「おもえば25年前から悲劇ははじまっていたのよ。」 彼女は項垂れると手にした缶ビールをやや乱暴にぐいと傾けた。すでにテーブルの下には3本の空き缶が整列している。それらを眺め、ひとまず彼女のはなしに耳を傾けることにした。

特異さがし

「おめでとう!君は7000人のなかの300人に選ばれました。もちろん承諾するよね?」 「ありがたいはなしですが、お断りします。」

能面の沈痛

差し出されたケーキボックスに珍しく母の表情が綻んだ。ちょうどいま甘いものをコンビニにでも買いにいこうかとおもっていたところなの。ねえ、と言われ、わたしは頷く。

強行突破

息がはあはあとあがる。走っているせいじゃない。想像してあがっている。わたしは足をとめず走りつづけ、帰宅すると早々にシャワーを浴びた。 腰を丸め、口元を手でおさえる。発作は加速した。はっ、はっ、まるで犬みたいに息を荒立て、泣きわめきくのをぐっ…

ちょっきん!

背中をあずけた薄い壁の向こうからは隣人の鼻歌がきこえてくる。すぐとなりには大切なひとが、なにやら熱心に書きものをして。そうしてわたしは川上弘美を読んでいる。のどかな昼さがり、そのすべてがいまここにある。

お天気や

「無断欠勤ありえません。」「メール連絡ありえません。」「社会人たりえません。」 一旦切れた意識を手繰り寄せるよう猛追することばの羅列にあの感覚が蘇ってきた。いつもいつもわたしはおんなじ失敗をする。はじめは笑っている、愛想よくいられる、相手の…

確かさの不確か

「こんなときだから冗談みたいに言うけれど、実はあなた、おとうさんのほんとうのこどもじゃないのよ。」

石の上にも二十日

おもいのほかあたたかい風を受け、すっかり春めいた外の世界に驚く。ずいぶん長く太陽を避けていたらしい。なにせ駅を歩くにも極力下を向いていたから、外出する時間もどんどん遅くなっていた。ひるまは夜と異なりひとどおりも多い。選択的にひとの波をかわ…

フォビア

昼起きてリビングに下りると、いつもは仕事にいっているはずの母がそこに立っていた。内心ドキリとしたものの、わたしはひとまず尋ねてみる。

記憶の企み

のりこちゃんとさきちゃんはいつも幽霊のはなしばかりしていた。ふたりは日ごろのあれこれをなにかと幽霊に結びつけては、呪いとか祟りとか言っていた。

忘れては

わたしが高1のころの古文の先生はさながら作家のようだった。いわゆる日本の最高学府を卒業した彼はたいへんな読書家で、いつも小説を小脇に抱えては隙あらば本を読むひとだった。彼が廊下を歩きながら読書する姿を、わたしは何度もみたことがある。そんな彼…

異日常

事情聴取を受ける兄を待つ時間はとても長かった。事務所の出入り口にある長椅子に妹とふたりで座る。こんにちは、と感じの良さそうな挨拶をした警察がまずきいてきたのは、あなたたちは兄のなんですか、ということだった。ただの付き添いで家族です、と正直…

身の丈の習慣

わ、と突然あがった叫び声に一瞬心臓が飛び出るかとおもった。脳裏にいつまでもこびりつく悲鳴にも似た声色に切迫した現実を感じ取る。どうしたの、とさえきけない。とにかく母は、なにやら封筒にはいった請求書らしきものを手にわなわな震えながら、絞り出…

凹凹な問答

「このバイトを志望した理由はなんですか。」 プロトタイプの質問は返答するにいつも窮する。志望理由、みたいなものを考えるのがとても苦手だ。志望先が本気であればあるほど、その問題は根深い。慎重に、誠実に、ことばを選び取ろうとするほど、概念的な世…

-2+3=+1

空欄だけが白く浮き出る、その紙を前にしばらく唸っていると、姉がノックもなしにわたしの部屋にはいってきた。どうしたの、と問われたので、出そうかどうか迷ってる、と答える。

突拍子あり

キャリーバッグを引きずり幼馴染の住むマンションへ押しかけた。ドアを開けた際の驚愕した表情を素通りし、お邪魔しまーすとなかにはいる。どうした、ときかれたけれどなんにもこたえない。そのままずかずか入り込むとどすん、と居座り「なにもきかずきょう…

アニマルジャック

失意のどん底で帰宅すると、6畳ほどのキッチンスペースには不釣り合いのおおきいダイニングテーブルが鎮座していた。弟が熱心に読みものをしている。どうやら医学書を読んでいるようだ。

かわり屏風

酔った頭でうんうん唸れど会話のひとつも思い出せない。男の顔さえ思い出せない。もちろん名前なんて論外といえよう。相手の男が何人だったかさえ思い出せないのだ、もう重症だ。

うーん、えいっ

ひとはねむりながら記憶を定着させる。外界から得た刺激をからだの内側に染み込ませる。わたしはちっともねむれやしない。右にごろん、左にごろん、それでもやっぱりねむれない。

ダ・カーポ

ごろんと仰向けに寝返った水野くんはにやりと笑う。真上からみたその表情はどこか爽やかで、額からはどくどくと血が出ている。

じゃれあい

朝起きて部屋でかたかたパソコンを打っていると、襖越しにおねえちゃーん、と呼ぶ声がきこえた。わたしは無視してパソコンを打つ。いま良いところだから、いま良いところだから。

拒絶反応

起き抜けに襖を開けると母がホットプレートでたこやきを焼いていた。きのうからの胃もたれに目眩がする、すると、母は嬉々として「たべるでしょう」ときいてきた。わたしはうん、おいしそうと答えた。

長靴ダッシュ

寝間着のごとくよれた黒のスウェットパンツに、ミズノのウィンドブレーカーを重ね履きした。うえはヒートテック、Tシャツさらにパーカーを羽織り、チェックのコートまで着こむ。準備万端、とおもい時計をみると予定より20分もはやく支度を済ませてしまったよ…

“ひと”

ほんとうは父が先立ったら犬を飼おうとおもっていたの、けれど、犬は餌代もかかるし、保険にもはいらなくってはいけないし、お散歩もしなくっちゃいけない。ところかまわずおしっこしたり、はじめのうちはしつけだってたいへんかもしれない。

沈黙の限度

壊れたカセットプレイヤーが突然奇怪な音をからからまわすみたいにしゃべりはじめた。

やりたい=やりたくない≠やらない

進路はどうするの、問われてびくりとした。おんなじ台詞でも3年前ならきっとそうじゃない。堪えきれない笑みを浮かべえへへと照れながら、○○大学です、なんて控えめに言っていたに違いない。