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未題

短編より短い短編小説

確かさの不確か

「こんなときだから冗談みたいに言うけれど、実はあなた、おとうさんのほんとうのこどもじゃないのよ。」

石の上にも二十日

おもいのほかあたたかい風を受け、すっかり春めいた外の世界に驚く。ずいぶん長く太陽を避けていたらしい。なにせ駅を歩くにも極力下を向いていたから、外出する時間もどんどん遅くなっていた。ひるまは夜と異なりひとどおりも多い。選択的にひとの波をかわ…

フォビア

昼起きてリビングに下りると、いつもは仕事にいっているはずの母がそこに立っていた。内心ドキリとしたものの、わたしはひとまず尋ねてみる。

記憶の企み

のりこちゃんとさきちゃんはいつも幽霊のはなしばかりしていた。ふたりは日ごろのあれこれをなにかと幽霊に結びつけては、呪いとか祟りとか言っていた。

忘れては

わたしが高1のころの古文の先生はさながら作家のようだった。いわゆる日本の最高学府を卒業した彼はたいへんな読書家で、いつも小説を小脇に抱えては隙あらば本を読むひとだった。彼が廊下を歩きながら読書する姿を、わたしは何度もみたことがある。そんな彼…

異日常

事情聴取を受ける兄を待つ時間はとても長かった。事務所の出入り口にある長椅子に妹とふたりで座る。こんにちは、と感じの良さそうな挨拶をした警察がまずきいてきたのは、あなたたちは兄のなんですか、ということだった。ただの付き添いで家族です、と正直…

身の丈の習慣

わ、と突然あがった叫び声に一瞬心臓が飛び出るかとおもった。脳裏にいつまでもこびりつく悲鳴にも似た声色に切迫した現実を感じ取る。どうしたの、とさえきけない。とにかく母は、なにやら封筒にはいった請求書らしきものを手にわなわな震えながら、絞り出…

凹凹な問答

「このバイトを志望した理由はなんですか。」 プロトタイプの質問は返答するにいつも窮する。志望理由、みたいなものを考えるのがとても苦手だ。志望先が本気であればあるほど、その問題は根深い。慎重に、誠実に、ことばを選び取ろうとするほど、概念的な世…

-2+3=+1

空欄だけが白く浮き出る、その紙を前にしばらく唸っていると、姉がノックもなしにわたしの部屋にはいってきた。どうしたの、と問われたので、出そうかどうか迷ってる、と答える。

突拍子あり

キャリーバッグを引きずり幼馴染の住むマンションへ押しかけた。ドアを開けた際の驚愕した表情を素通りし、お邪魔しまーすとなかにはいる。どうした、ときかれたけれどなんにもこたえない。そのままずかずか入り込むとどすん、と居座り「なにもきかずきょう…

アニマルジャック

失意のどん底で帰宅すると、6畳ほどのキッチンスペースには不釣り合いのおおきいダイニングテーブルが鎮座していた。弟が熱心に読みものをしている。どうやら医学書を読んでいるようだ。

かわり屏風

酔った頭でうんうん唸れど会話のひとつも思い出せない。男の顔さえ思い出せない。もちろん名前なんて論外といえよう。相手の男が何人だったかさえ思い出せないのだ、もう重症だ。

うーん、えいっ

ひとはねむりながら記憶を定着させる。外界から得た刺激をからだの内側に染み込ませる。わたしはちっともねむれやしない。右にごろん、左にごろん、それでもやっぱりねむれない。

ダ・カーポ

ごろんと仰向けに寝返った水野くんはにやりと笑う。真上からみたその表情はどこか爽やかで、額からはどくどくと血が出ている。

じゃれあい

朝起きて部屋でかたかたパソコンを打っていると、襖越しにおねえちゃーん、と呼ぶ声がきこえた。わたしは無視してパソコンを打つ。いま良いところだから、いま良いところだから。

拒絶反応

起き抜けに襖を開けると母がホットプレートでたこやきを焼いていた。きのうからの胃もたれに目眩がする、すると、母は嬉々として「たべるでしょう」ときいてきた。わたしはうん、おいしそうと答えた。

長靴ダッシュ

寝間着のごとくよれた黒のスウェットパンツに、ミズノのウィンドブレーカーを重ね履きした。うえはヒートテック、Tシャツさらにパーカーを羽織り、チェックのコートまで着こむ。準備万端、とおもい時計をみると予定より20分もはやく支度を済ませてしまったよ…

“ひと”

ほんとうは父が先立ったら犬を飼おうとおもっていたの、けれど、犬は餌代もかかるし、保険にもはいらなくってはいけないし、お散歩もしなくっちゃいけない。ところかまわずおしっこしたり、はじめのうちはしつけだってたいへんかもしれない。

沈黙の限度

壊れたカセットプレイヤーが突然奇怪な音をからからまわすみたいにしゃべりはじめた。

やりたい=やりたくない≠やらない

進路はどうするの、問われてびくりとした。おんなじ台詞でも3年前ならきっとそうじゃない。堪えきれない笑みを浮かべえへへと照れながら、○○大学です、なんて控えめに言っていたに違いない。