未題

短編より短い短編小説

ちょっきん!

 背中をあずけた薄い壁の向こうからは隣人の鼻歌がきこえてくる。すぐとなりには大切なひとが、なにやら熱心に書きものをして。そうしてわたしは川上弘美を読んでいる。のどかな昼さがり、そのすべてがいまここにある。

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お天気や

 「無断欠勤ありえません。」「メール連絡ありえません。」「社会人たりえません。」

 一旦切れた意識を手繰り寄せるよう猛追することばの羅列にあの感覚が蘇ってきた。いつもいつもわたしはおんなじ失敗をする。はじめは笑っている、愛想よくいられる、相手の傷に寄り添える。けれどあるときぷつりと絶える。

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確かさの不確か

 「こんなときだから冗談みたいに言うけれど、実はあなた、おとうさんのほんとうのこどもじゃないのよ。」

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石の上にも二十日

 おもいのほかあたたかい風を受け、すっかり春めいた外の世界に驚く。ずいぶん長く太陽を避けていたらしい。なにせ駅を歩くにも極力下を向いていたから、外出する時間もどんどん遅くなっていた。ひるまは夜と異なりひとどおりも多い。選択的にひとの波をかわして歩かなければならない。

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フォビア

 昼起きてリビングに下りると、いつもは仕事にいっているはずの母がそこに立っていた。内心ドキリとしたものの、わたしはひとまず尋ねてみる。

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