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未題

短編より短い短編小説

沈黙の選択

 すみません、すみません、すみません。すみませんを多用すると落ち着くから、現状は変わらないくせすみません、と言う。すこしでも前進したくって、誠意を示したくって、けれど口からこぼれ出る逃げ腰のすみません、にわたしは余計落胆する。
 慣れない飲み会の席ですみません、と言いながらひとり、閉じてゆくこころを感じていた。食器が取れない、サラダを取り分けられない、注文が頼めない。なんとか踏ん張って空いたグラスをさげるだけで宴はすすんでゆく。

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遭遇の極意

 がはは、と豪快に笑う白髪の大男はわたしをみるなりよく来たな、と言った。よく来たな、という割りに大男ははじめ、わたしのことをよくみてはくれなかった。
 それでもなんとか状況に食らいつきたくって、わたしはずっとずっと大男の瞳の奥の奥をみていた。じっとみていた。邪がなかった。

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無垢な狂気

 いつもどおり帰った自宅で、いつもどおりでない出来事が起こった。ドアを開けた瞬間蠢く人影に戦慄する。まさか、とおもう。まさか。ここまでやるなんて。人影は玄関の物音に気づき振り返ると茫然と立ち尽くすわたしをみるなりにっこり、微笑んだ。

 「おかえりなさい。」

 ただいま、とは言わなかった。

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はじめの一歩

 きょうはニュウシャシキだ。電車に揺られながらそわそわと落ち着かないこころをおさえて、なんとか社会人三年目にみえるよう、背筋をぐっとのばしてみた。見慣れない外の景色を横目でみながら、きょうからシャカイジンなんてすごい、と改めておもう。

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どうかそのまま。

 届くはずのない宅配便がみっつも届いた。段ボールを開きみると、実家に置いてきたはずの服がしっちゃかめっちゃか詰め込まれている。普段着で通勤するから、とあれほど伝えたのに大量のワイシャツと、上下別ブランドのスーツまでみつけた。わたしはおもわずわん、と唸ると、半べそをかきながらそれらをハンガーにかけはじめた。

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